高知城
観光記録 高知市 はりまや橋/高知城編
※こちらは 2/11に訪れたものになります。
おはようございます。高知県は高知市、市の中心街として賑わうはりまや橋に来ております。今回は、高知城を中心とする歴史地区を歩いて、土佐の歴史に触れていこうと思います。
高知城に入る前に、今回は期せずして日曜日に訪れたため日曜市が行われていました。地元の人と思しき方も観光客と思しき方もどちらおり、高知市の中心としての繁栄を感じられました。頂いたのは、大平商店様のいも天です。かなり並んでいたのですが買って正解でした。サクサクの衣と感じる塩味、その一方でさつまいもの甘みが引き立っており、これを食べるためだけに高知市に戻りたいとでも言えるかのような感じでした。桂浜で頂いた芋けんぴといい、やはり高知ではサツマイモ料理が有名なようです。
さて、気を取り直して高知城へ入りましょう。高知城は山にあり、日曜市で賑わう追手筋からはかなり高い位置にあるように見えます。追手門を超えると、土佐の偉人の一人、板垣退助が。「板垣死すとも自由は死せず」という発言をし、近代日本の自由民権運動、!政党政治に貢献した人と知られています。
そこからさらに登っていくと、三ノ丸を抜け、詰門も見ることが出来ます。例年のことなのかは不明ですが、春の1週間ほどは、詰門の内部を公開していました。2/12まででしたが、奇跡的に中を見学することが出来ました。
さて、詰門はどうやら行き過ぎたようで、少し戻ると二ノ丸へとつながる階段がありました。二ノ丸から天守のそびえる本丸へは、先ほど見た詰門を通るそうです。本丸に入ると、天守閣が間近にそびえます。
現存十二天守の1つにも数えられる高知城。江戸時代の土佐藩の姿を今に伝える外観となっています。戦国時代に土佐国を治めた武将、長宗我部元親の時代には高知城はまだなく、大高坂城というものがあったそう。その後にも長宗我部氏がこの場に拠点を構えることはなく、関ケ原の後に山内一豊が土佐に封じられ、その命のもと今の高知城の築城が開始されました。
詳しい高知城の歴史については、是非とも足を運んで自身の目でご覧ください。
また、高知城下には他にも歴史的スポットがたくさんあります。江戸時代のお城ということで、関連する場所も江戸時代の史跡、特に幕末のものが多いです。雄藩の1つとして維新を支えた薩長土肥に一角、土佐藩。その興隆を支えた人々を感じられます。坂本龍馬生誕碑・旧山内家下屋敷長屋・後藤象二郎生誕地・武市瑞山殉節之地碑などを訪れました。いずれも高知城から半径500mほどで全て回れます。高知城を訪れる際には色々歩き回るべきでしょう。
また、高知市に来たら欠かせないスポット、ひろめ市場も訪れました。ただ、何の下調べも無く行ったため、ものすごく混んでいたのは想定外でした。今になって思えば多少の後悔がありますが、全く知らない土地で、飲んでいる人たちのテーブルに混ざり(当時はまだ未成年でした)ご飯を食べるということは難しかったためテイクアウトにしました。あとでホテルに戻って頂くこととします。またいつかリベンジしに行きます。
ホテルは高知駅の近くに取ってあるので、高知駅へ戻ります。路面電車であるとさでん交通の! 線に乗って向かいます。16:17発のとさでん桟橋線 高知駅前行 はりまや橋→高知。
ということで、ホテルの部屋に入ったので、買ってきたものを頂こうと思います。焼きサバ寿司・ウツボのたたき・クジラの竜田揚げを購入。ウツボ・クジラともに恐らく初めて頂くと思います。焼きサバは言うまでもなく絶品。ウツボは意外にも弾力が強く、淡泊ではあるものの甘みもある、独特な美味しさでした。クジラは、なんだか懐かしさを感じるような味でした。テイクアウトのため、当然揚げたてではないですが、ホテルにあった電子レンジで温めたため、より美味しく頂くことが出来ました。またこれらを、今度はさらに新鮮な状態で頂きに行こうと思います。
ということで、高知市の中心部を巡って、文化や自然に触れていきました。
それでは。ありがとうございました。